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名古屋地方裁判所 昭和46年(ヨ)1308号 決定 1971年12月06日

申請人 植木重治

右代理人弁護士 太田耕治

被申請人 名古屋保健衛生大学学長

藤田啓介

<ほか一名>

右両名代理人弁護士 山路正雄

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一申請の趣旨および理由

別紙「申請の趣旨および理由」記載のとおり

第二被申請人らの主張

別紙「被申請人らの主張」記載のとおり

第三当裁判所の判断

一、当事者双方の主張により争いない事実、本件疎明資料および≪証拠省略≫を総合すると、本件の経緯につき次の事実を一応認めることができる。

1  申請人は名古屋保健衛生大学の衛生学部衛生看護科第四学年に在学中の学生であり、被申請人藤田啓介は大学の学長、被申請人伊奈修一郎は大学の衛生学部長の地位にそれぞれあるものである。

2  右大学は、設立後まだ日も浅い私立大学であり、現在のところ一学部二学科(衛生技術学科および衛生看護学科)があり、本年(昭和四六年)初めて第四年次の学生が出たものである。ところで、大学学則によれば、第四年次の学生には卒業論文(六単位)が必修科目とされているところ、大学教授会は昭和四六年七月一四日卒業論文の履修課程ならびに実施について次のように決定し、同月一六日学内に告示した。

一、九月一日に実力試験を実施する。

一、試験科目、範囲

(技術)衛生検査技師国家試験二級試験(過去第一回より第二〇回迄の問題範囲)

(看護)看護婦国家試験科目とその範囲

一、実力試験の結果に基づき、学生をAコースとBコースに分ける。

一、Aコース、Bコース共に学生において科目を選択し、Aコースは特別研究を行い、Bコースは特別研修を行う。

一、Bコースの学生については一二月に実力試験の再試験、再々試験を行う。

一、卒業試験の実施。

一、(注)Aコースで特別実習を行った者は卒論発表するものとする。

3 申請人を含む一部学生は、右卒業論文に関する大学の決定に納得せず、右実力試験は卒論の提出制限であり、差別テストであること、大学を国家試験の受験予備校化しようとするものであること等を理由に、これに反対の意見を公にし、右実力試験のボイコットを他に呼びかける運動をした。

そして、申請人とその他四、五名の学生は九月一日に実施された第一回目の実力試験を放棄してこれを受験しなかった。

4 その後、当初一二月に予定されていた実力試験の再試験を学生の希望により一〇月四日に繰上げて実施されることになった。

しかし、申請人は実力試験実施反対の態度を改めなかった。

5 これに対して、大学は昭和四六年一〇月三日に教授会を開き、申請人に対し実力試験の追(再)試験の受験を停止する旨を決定(以下、本件処置という)し、同月四日学内に次のように掲示をした。

通達

衛生学部看護学科四年 植木重治

右の者、一〇月二日の教授会の議に基づき、実力追(再)試験の受験を停止する。

6 その後、一一月七日に第三回目の実力試験(再々試験)が実施され、看護学科の学生は申請人を除き全員合格しAコースとなった。

以上の事実を一応認めることができる。

二、ところで、申請人に対する受験停止の処置について、申請人はこれは申請人を対象とする懲戒処分であって無効のものであると主張し、被申請人らはこれは懲戒処分ではなく申請人に実力試験の再(追)試験の受験資格のないことを確認したものに過ぎないと主張するので、この点について考察する。

右実力試験は、前記認定のとおり、卒業論文六単位の履修課程の一部として教授会の決定した正規の試験であるから名古屋保健衛生大学学生心得および規定(以下、単に規定という)に定める申請試験に準ずるものであり、又「試験」である限りその性質上当然に、同規定に定められた試験に関する諸規則が適用ないし準用されると解すべきところ、規定三〇条には「試験を申請したものが事由なくして受験しない場合はつぎの試験期日には当該科目の試験を申請することはできない。資格を欠くものについては事情によっては教授会の議を経て便宜的処置をとることができる。」との定めがあり、申請人が正当の事由なくして右実力試験を受験しなかったものであるときは、原則として、その再(追)試験の受験資格がないものと解さざるを得ない。そして、申請人が九月一日施行の第一回実力試験を受験しなかったことにつき病気または止むをえない事情等正当な事由が存したか否かについては、前記認定事実によれば、申請人は右実力試験の実施に反対し、これのボイコット運動をなし、受験を自ら放棄したものであることが明らかであるから、到底正当の事由があって受験しなかったとは認め難いところである(勿論、このことは卒業論文についての実力試験実施の当否に関する申請人の主張が正当でないというものではなく、実力試験の不当性のゆえに受験しなかったことが正当化されるものではないというに過ぎない。)。従って、受験しなかったことにつき正当の事由があったとの申請人の主張は採用することができず、申請人は実力試験の再(追)試験の受験資格がないものであるといわなければならない。そうとすれば、本件処置は、申請人に対し前記規定三〇条後段の便宜的処置をとらないことを確認したに過ぎないものと解するのが相当であって、申請人に対する懲戒処分と認めることができない。この点についての被申請人らの主張は理由がある。

そして、大学が前記規定三〇条後段の便宜的処置をとるか否かは教育的自由裁量に属する事柄であると解すべきところ、本件処置がその裁量権の範囲を逸脱ないし濫用した無効のものであると認めるに足る疎明がない。同様にして、一二月中に実力試験の再々試験を実施し、申請人にその受験を認めるか否かも大学の自由裁量に属することであって、申請人が権利としてこれを要求することはできないものであるといわなければならない。

結局、申請人は実力試験の再(追)試験の受験資格を有しないものであるから、その存在を前提とする申請人の主張はすべて理由がなく、本件仮処分申請は被保全権利の存在につき疎明がないものである。

三、よって、本件仮処分申請は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものであり、かつ保証をもって疎明に代えることも適当でないから、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山田正武 裁判官 窪田季夫 清水正美)

<以下省略>

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